電力と電力量
電力と電力量は似た言葉であるが、意味合いはずいぶん違う。正確に理解することが大事である。
まずは目に見えない電気の理解を助けるために、力学を復習してみよう。
力学の復習
物質に力$F$[N]を加えると動く。力を加え続ければ物質が移動$x$[m]できる。この事象では、以下で計算されるエネルギー(仕事)が消費されたと考える。つまり、エネルギーは力を加えただけでは消費(あるいは蓄積)されず、力を加えながら移動した際に消費(あるいは蓄積)されることとになる。
\[W=Fx \hspace{5mm}\rm{[Nm]あるはい[J]}\]
電力と電力量
電力は、電気回路における力学の力である。電力量は電気エネルギーを意味する(ここでは電気エネルギーを主として使います)。電気回路を構成する要素が電力の供給を受ける(あるいは電力を発生する)場合、これだけではエネルギーにはならず、電力を継続的に供給(あるいは発生)することで電気エネルギーを利用(あるいは発生)することができる。つまり、消費あるいは発電した電力$P$[W]とその継続時間$t$[s]の積が電気によるエネルギーの消費$E$(あるいは発生)になる。
\[E=Pt \hspace{5mm}\rm{[Ws]あるいは[J]}\]
エネルギー保存則から電気エネルギーとフィジカルな世界でのエネルギーは一致する。力学の例で示したエネルギー$W$を電気エネルギーで実施したとするならば以下のように表現できる。
\[W=E\]
また、電力の符号を適切に付せば、以下のように電気回路内の電力の総和は常にゼロになる。
\[\sum_{i=1}^{N}P_i =0\]
以上のように、電力はフィジカルな実態があるわけではなく、ダムに蓄えられた水のようなエネルギーを生活に役立つエネルギーに利用するために、電力グリッドを経由して伝達する。力学で大きな力を利用する場合、力を伝達する場合には丈夫な構造体が必要なるが、それと同じで、大きな電気エネルギーを活用するためには、伝送するための電力も大きくなるので適切に送ることができるようにする”丈夫な”電力グリッドが必要になる。
電力負荷に関する簡単な分析
電気回路での電力エネルギーは上記定義通りであるが、電力エネルギーはフィジカルな世界におけるエネルギーとして諸々利用される。フィジカルな世界でのエネルギーと電力エネルギー(電力)の関係を整理すると電力グリッドがどのような視点で合理化できるかが明確になってくる。
以下では二つの電力負荷に関する考察を行ったが、電力システムにはもっと多くのタイプの負荷が存在し、それぞれの特性をよりミクロ的に分析したうえで、マクロ的なデマンドレスポンス等の技術を活用することになると考えている。
エレベータ/エスカレータ
フィジカルにモノを高いところに持ち上げる仕事は、位置エネルギーを電気エネルギーにより供給したと考えることができる。ここで注意すべきは、位置エネルギーを高めるのに時間は関係ないことである。持ち上げるのに1秒で終わっても100秒かかっても、持ち上げられた高さが同じであれば位置エネルギーは変わらない。だが電気の視点では違う。完了するまでの時間が短ければ短いほど大きな電力を供給する能力を準備する必要がある。もし需給バランスの観点でデマンドレスポンスするような場合は、巻き上げ速度を調整することで実現でき、この際の影響は生産性(社会の効率性:待ち行列が大きくなりますね)の低下という形で現れる。
なお、エレベータの移動速度は乗り心地の観点から一定がよいからエレベータ稼働中の電力消費は一定になる。再エネのように一定電力を供給する能力が小さい電源だけだとエレベータのような一定電力を消費する負荷へ電力を供給することには特別の配慮が必要になる。
空調負荷
理想的には空調は、空調したい部屋の希望温度を維持した際に外部から流入する熱流[W]分、空調設備で除去すれば温度は維持される。この場合は、熱流をキャンセル(ヒートポンプであれば熱流よりも少ない電力消費)するように電力を消費し目標の温度に調整する。熱エネルギーに電力エネルギーを変換しており、力学的な見えるエネルギーにはならない。DRレディーの空調設備の普及を政府は検討している。当然、外気が高いときと低いときでDRの感度は異なることから、制御信号を与える方は、いろいろな考察が必要になると思われる。
周波数制御におけるバランス
電力グリッドの需給バランスの重要性を説明するためによく天秤の考え方が利用されている。しかし、上で縷々述べたように電力の性質を適切に表現できない天秤を利用したモデル説明(アナロジー)はミスリーディングを招く。
なぜならフローの性質を持つ電力のバランスである指標の周波数であるからアナロジーとしてもフローの性質をもつものでないと混乱する。天秤だとストックの性質になるから、本来の電力を財のように見てしまい、正しく認識ができなくなる。事務所代表は、昔からこの点を問題視し、個人的に以下の図のように円筒パイプの水位を一定に保つアナロジーで周波数制御を理解している。
利用される電力と同量の電力が一次エネルギーから常に変換されているイメージが大切である。
この図を利用して、現状の周波数制御の課題を概観してみる。
- 筒の太さが系統容量(島国の日本の筒は細く、大陸の電力系統は太い)。筒の太さが太ければ、水面高さが変化する感度が小さくなる(周波数が荒れにくい)。慣性力不足といわれている問題は、筒の太さが細くなることを意味している。
- 系統容量は回転型発電機の回転体の慣性に依存。再エネ電源は慣性がほとんど無いので電力規模が同じでも将来は細くなる。
- 筒が細くなると急激な電源脱落で発生する周波数低下の大きくなるだけでなく、水面の高さを調整する発電機の量が小さくなるので、二重の意味で水面を一定に保つことが難しくなる。
- 筒の太さは、電力需要が変わらず供給電力が仮に零となった際、筒の中の水が空っぽになるまでの時間は5から10秒程度。
- ただし、負荷に相当する水が流れるパイプは、筒の底にあるわけでなく、周波数の許容変動幅付近についている(水の高さをすべて利用できるわけではない。)
- また、筒の側面は非常に弱く、溢水すると簡単に筒は破壊される(周波数が高くなりすぎると設備が壊れないよう回転機の発電機は自動的に停止し、一気に需給バランスが崩れてしまう)
エネルギーのバランス
適切に周波数が維持されていれば、対象期間中の供給と需要のエネルギーは当然一致する。そのため、エネルギーのバランスという文脈で言った場合には、供給側が需要で必要とされるエネルギーを確保されているかを論点としている(アデカシー)。
供給するためのエネルギーが十分に確保するために需要エネルギーの予測が非常に重要である(周波数(需給)制御では電力の予測が重要)。需要を適切に予測するのはどんな業態でも不可欠であるものの、供給の不足により販売システムが崩壊するようなことは少ない(狂乱物価を想起すると単純に言うのは危険か)。しかしながら、電力システムの場合には、不足が生じると電力のバランス維持の観点から、電力システムが完全に機能しなくなるという問題を生じる。
今後再エネ導入が進めば、供給力を最適に準備するためには、需要の予測のみならず、再エネの予測の精度も高める必要があり、多くの検討が進んでいる。競争による合理化を進める中でエネルギーバランスがステークホルダ内での最適性にとどまることなく、全体で最適な供給エネルギーのバランスを実現することが市場環境で実現できるか、浅学菲才の身では想像もつかないがこのチャレンジが電力システムにおけるカーボンニュートラル実現のための一丁目一番地の課題になるのであろう。
電圧に関係するバランス
電力システムは交流電気理論を基盤とするが、交流理論上の変数には、大きさと位相という二つの要素が存在する。ここでは電力システムを安定に運用するために必要な電圧のバランスを二つの要素に分けて整理する。
電圧維持のためのバランス(大きさの観点)
電力グリッドは、電圧を狭い運用制限値内で維持することで送電する方式(定電圧送電)を利用している。このため電圧を維持することは安定に送電するために重要である。電力グリッドにおいて電圧の大きさは、電源側と変電所側で調整される。回転機(同期機)による従来から利用されている電源は、励磁電流を調整することで電圧を維持する。一方、変電所では送電線での電圧変動を補正するために調相設備(電力用コンデンサと分路リアクトル、近年ではパワエレ利用によるSTATCOM等)が活用される。
電圧を維持するのは、文字にすると簡単なことのように見えるが、電力グリッドは面的に広い範囲を対象とする。電源と変電所の距離も数十㎞離れていることも普通であり、30年ほど前までの通信環境では、電源側と変電所側で同時に協調して制御(操作)を行うことは困難であったため、発電所は発電所のだけの情報で制御を行うしかなく様々な考え方が導入された(東電系統の場合PSVRが代表例)。変電所においてもローカルの情報のみを利用した制御方式が採用されている。
一方、電力グリッド全体を俯瞰したうえで適切な操作を決定することも可能なほど近年の情報処理伝達技術(ICT:コンピュータと通信)は発達したことから、より合理的な電圧制御を実現することが可能になってきている。ただまだ、最新のICTを活用するだけの条件整備が電力グリッドの監視制御システム側で未完である場合が多く、再エネ導入で電圧維持する回転機による電圧維持力の低下が予見される現在、早期に整備する必要があることは間違いない。
出力配分にかかる電圧(位相の観点)
電圧の位相については、陽に計測することは困難であるが、それぞれの電気所の電圧の位相差により電力の流れ(潮流)が決定される。例えば発電所の出力を大きくするように操作すると中心点位相に対して当該発電所の位相は大きくなる。回転機(同期機)の場合には同期化力というNatureな作用により位相は決定される。しかし、再エネ電源による電力を変換するパワエレ装置(GFLとGFMのタイプがあるがここではGFMを対象)では、この作用を制御装置で実現しなければならない。つまり、同期機では状態変数であり連続量として考えられた位相が、再エネ電源のGFMでは、非連続な変動もある従属変数となっているため、定常状態では大きな問題ないが、電力グリッドに生じる落雷時などのトラブル時の対応に特別の配慮が必要になる。